東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9620号 判決 1970年7月14日
原告 佐竹清
右訴訟代理人弁護士 谷口欣一
同 高津戸成美
同 野口三郎
同 真木吉夫
被告 新井定一
右訴訟代理人弁護士 小林辰重
主文
被告は、別紙第一物件目録記載の工作物のうち、別紙第二物件目録記載の建物の東側の窓の前面に当る部分のベニヤ板を徹去せよ
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。
事実
第一、当事者が求めた裁判
原告
「被告は原告に対して別紙第一物件目録記載の工作物を徹去せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。
被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、原告の請求原因
(一)、昭和四一年一〇月原告は別紙第二物件目録記載の建物(以下「原告居宅」という)を買受け、昭和四二年一月三一日から右建物に居住している。
(二)、原告居宅の東北側と西南側はそれぞれ隣家に接近しており、北西側は玄関で、南東側が被告方の裏庭に面しており、被告方の裏庭に面している原告居宅南東側の一階、および二階には、原告が買受けた当時から、それぞれ高さ約九〇センチメートル、巾約一八〇センチメートルの窓がつくられていた(以下右一階の窓を「窓A」という)。
(三)、ところが、原告が原告居宅に移転した当日、被告は、その裏庭内に、窓Aおよび原告居宅の下見に接着して、地上からの高さ約二メートル、巾約三メートルで塩化ビニール板、およびベニヤ板を張った塀(別紙第一物件目録記載の工作物のうちの西側約三メートルの部分。以下右部分を「本件工作物A」という)を設置した。
(四)、窓Aは原告居宅の一階居間の唯一の採光、通風口であり、被告の本件工作物Aの設置により、一階居間への日照、通風が遮断された。
(五)、そこで、昭和四二年九月、原告が一階居間への日照、通風を得るため、窓Aの東側にほぼ同じ大きさの窓(以下「窓B」という)をつくったところ、被告はその裏庭地内に窓Bに接着してベニヤ板を張った塀(別紙第一物件目録記載の工作物のうちの東側の約一・五メートルの部分。以下「本件工作物B」という)を設置して、原告一階居間への日照、通風を遮断してしまった。
(六)、窓ABからは、被告の居宅の内部は全く見えず、ただ被告の居宅建物の裏側と裏庭が見えるだけであり、ことに窓Bの前面は被告方の物置であるから、被告方は見えない。
(七)、以上のとおりであって、被告の本件工作物A、Bの設置により、原告はその居宅一階居間への日照、通風を遮断され、生活権を侵害されている。たとい本件工作物A、Bが被告の賃借地内に設置されており、被告のプライバシーを守る目的で設置されたものであるとしても、本件工作物A、Bは右の目的に必要な限度を超えたものであり、原告居宅居室への日照、通風の利益を妨げないための方法は何もとられていないから、本件工作物A、Bの設置は権利の濫用である。よって、原告は被告に対して本件工作物A、Bの徹去を求める。
第三、請求原因に対する被告の答弁
(一)、請求原因(一)の事実のうち、原告が昭和四二年一月三一日から原告居宅に居住していることは認める。
(二)、請求原因(二)の事実のうち、原告が原告居宅を買受けた当時、既に窓Aがつくられていたということは否認するが、その余の事実は認める。
(三)、請求原因(三)の事実は認める。
(四)、請求原因(四)の事実は否認する。
(五)、請求原因(五)の事実のうち、原告主張の頃、原告が窓Bをつくり、被告が本件工作物Bを設置したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(六)、請求原因(六)の事実は否認する。
(七)、請求原因(七)の原告の主張は争う。
(八)、昭和四〇年四月、被告は本件工作物A、B設置箇所を含む松本信武所有の土地二五坪六合二勺の賃借権を、右松本の承諾を得て田辺実から譲受けた。当時、原告居宅は小沢三郎の所有で、同人がその敷地を所有者である松本信武から賃借していたが、原告居宅は小沢の賃借地と被告が田辺から譲受けた賃借地の境界線上にまで進出して建てられているので、その南東側は、二階には窓があったけれども、一階には窓はなかったのであり、被告は前記の借地権譲受け後間もなく、後に本件工作物Aを設置した箇所に、ベニヤ板の板塀を設置した。原告は、右のように原告居宅一階南東側には窓がないことを知ってこれを買受けたにもかかわらず、入居するにあたり被告が設置してあった右ベニヤ板塀を押倒し、新たに窓Aをつくったので、被告方の庭、および居宅内部が原告居宅内からまる見えの状態になったので、これを防止するため、被告は本件工作物Aを設置したのであり、被告が本件工作物Bを設置したのも同様の目的によるものである。
(九)、右(八)記載のとおり、被告が本件工作物A、Bを設置したのは、原告居宅内から被告の居宅内、および庭を観望されることを防止するためであって、原告居宅の日照、通風を妨げることを目的としたものではなく、かつ、本件工作物Aの窓Aに対応する部分は、半透明の塩化ビニール板で作られているから、原告居宅内への日照を遮断してはいないし、その高さは窓Aの上縁より約一〇センチメートル低くなっているから、原告居宅内への通風も遮断してはいないのみでなく、原告居宅一階は、その西北側から日照、通風を十分得られるようになっているのであるから、被告が本件工作物A、Bを設置したことは、原告に対する不法行為にはならないし、権利の濫用でもない。
第四、証拠関係≪省略≫
理由
(一)、原告居宅の東北側と西南側はそれぞれ隣家に接近しており、西北側は玄関で、東南側が被告方の裏庭に面していること、原告居宅の東南側の一階に、いずれも高さ約九〇センチメートル、巾約一八〇センチメートルの窓二つ(そのうち西側のものが窓A、東側のものが窓B)がつくられており被告方の裏庭内に窓A、および原告居宅の下見に接着して、地上からの高さ約二メートル、巾約三メートルで塩化ビニール板、およびベニヤ板を張つた塀(本件工作物A)が、窓Bに接着してベニヤ板を張った塀(本件工作物B)が設置されていること、原告が昭和四二年一月三一日から原告居宅に居住しており、本件工作物Aが同日設置されたこと、窓Bは昭和四二年九月につくられたものであり、本件工作物Bがその頃設置されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二)、≪証拠省略≫を合わせて考えると、次の事実が認められる。
(1)、昭和四一年一一月頃、原告が前所有者小沢三郎から原告居宅を買受けた当時、原告居宅の南東側の一階部分には窓はなく、右部分は全部波型トタン板の下見板が張られていたもので、窓Aは、原告が原告宅に入居するにあたり、同年一二月末頃から昭和四二年一月末までの間に作られた。
(2)、原告居宅はその南東側の基礎が、原告の松本信武からの賃借地と被告の右松本からの賃借地との境界線に接して建てられている。
(3)、本件工作物Aは、原告居宅の下見板に殆んど接するようにして建てられた約二寸五分角の柱材の被告居宅側に巾約三寸の貫板を打付け、これに、上部約三尺の部分には波型半透明の塩化ビニール板を、その下部にはベニヤ板を張付けたものであり、その上縁は窓Aの鴨居よりも約一〇センチメートル低くなっている。本件工作物Bは、本件工作物Aの東端の柱材と、これから約一・五メートルの間隔をおき、原告居宅の下見板に殆んど接するようにして建てられた柱材とにベニヤ板を張付けたものであり、右ベニヤ板の上縁は窓Bの鴨居と、下縁は窓Bの敷居とほぼ同じ高さになっている。このため、窓Aと窓Bのうちの窓A寄りの約五分の一の部分とのうち、鴨居の下約一〇センチメートルの部分を除くその余の部分の前面は、本件工作物Aの半透明塩化ビニール板によって、窓Bのうち約五分の四の部分の前面は本件工作物Bのベニヤ板によってそれぞれ覆われたようになっており、窓Bのうちの約五分の四の部分から原告居宅内への日照、通風は殆ど全く遮断されているが、窓Aと窓Bのうちの窓A寄りの約五分の一との部分から原告居宅内への日照は常時若干阻害されてはいるが、遮断されてはおらず、通風も、右部分うのちの鴨居下約一〇センチメートルの前面に遮断物のない部分から僅かではあるが得られる状態にある。原告居宅の窓A、Bのある居室の西南側は廊下となっており、廊下の外側の隣家に面した部分は碍子戸が入られている。
(4)、本件工作物A、Bがない場合には、窓A、Bからは、被告方の裏庭の大部を観望できるほか、被告居宅の裏庭に面した居室、台所、湯殿等の一部を観望することができる。
右のように認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(三)、右(二)の(1)、(2)および(4)裁定のとおり、原告居宅の窓A、Bはいずれも原告の賃借地と被告の賃借地の境界に接して作られているもので、被告の賃借地である宅地を観望できるものであるから、民法第二三五条によって、原告は、窓A、Bに目隠を附けなければならず、かつ、右目隠は、原告居宅が原告賃借地の境界に接して建てられている以上、窓A、Bの内側すなわち原告居宅内部に設置されなければならないものであり、また、原告居宅が窓A、Bから日照、通風を得るという状態が相当長期間に亘って継続してきたというのではなく、窓A、Bは昭和四二年一月末に原告が原告居宅に入居の際、および同年九月頃に新たに日照、通風を得るために作られたものであることからすれば、原告が、何ら遮断されない状態における窓A、Bから日照、通風を受ける権利を有するものとはいえない。そして、前記(二)の(3)認定のとおりの本件工作物Aの構造、設置箇所からすれば、これによって原告居宅内への日照、通風を阻害される不利益の程度は、前記のような窓A、Bに目隠設置債務を負う原告として甘受しなければならない限度を超えているものとはいえない。しかしながら、本件工作物Bは、前記(二)の(3)認定のとおり、これによって遮断されている窓Bの部分からの、被告方の裏庭、居宅等の観望を防止するという目的達成に必要な限度を超えて、右部分から原告居宅内への日照、通風を殆んど全く遮断しており、かつ、本件工作物Aのように、原告居宅内からの被告方への観望を防止するとともに、原告居宅内への日照、通風を相当程度可能とする構造の遮断物を設置することが、本件工作物Bの設置に比して著しく多額の費用を必要とするとは考えられないことからすれば、本件工作物Bによって原告が受けている不利益は、前記のように窓Bに目穏設置義務を負っている原告としても甘受すべき程度を超えているということができる。
結論
以上のとおりであるから、原告の本件請求は、被告が設置した別紙第一物件記載の工作物のうちの、原告居宅一階東南側に作られた窓のうち東側の窓の前面に張られたベニヤ板の部分の徹去を求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は理由がない。
よって、原告の請求を右の理由のある限度において認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言を附けるのは相当でないと考えるので、これを附けないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 寺井忠)
<以下省略>